鹿野道彦 今日の主張

 ◎2007年 新年のご挨拶

~壊す時代から創る時代へ~
新年あけましておめでとうございます。
今年は丁亥(ひのとゐ)の年です。
安心出来る社会を創るため、少しでもお役に立つことが出来ますよう猪突猛進してまいります。
日本の社会は壊されてしまったのだ。日本の大切なものを失い更に失おうとしている。
自由民主党政権の効率性優先、市場原理主義重視の新自由主義の導入により、地域間の格差、そして経済格差が拡大し、不安定な「ワーキングプアー」という言葉がさかんに使われるような(働いても報われない)格差社会をつくってしまったのだ。
大都会は人口は増し地価は上がり、限られた地域ではあるが活気があり、地方は人口が減少し地価は下がり疲弊し、富裕層は更に資産を増やし、低所得の人々がどんどん増え更に厳しい生活環境に追われている。競争、競争で勝ち組、負け組みと二分されるような風潮から、自分さえ良ければいいという自己中心的考えが蔓延し、考えられないような、あってはならない信じられない事件が活字におどり、映像に映し出され、日々報道をにぎわせている。
正に荒廃した社会になってしまった。
日本は、舵をきらなければならない年を迎えている。
一部の者だけが幸せな社会でなく、より多くの人々に幸せが配分される社会にすることだ。
ここで具体的なテーマを取り上げたい。
ホワイトカラーエグゼンプション(適用除外)の問題だ。
1日8時間、週40時間の労働時間規制が適用されず、働く時間の自己裁量が広がる代わりに残業代が支払われない制度だ。
この労働時間規制を撤廃する制度を、自民党政権は今年導入しようとしているのだ。
本来この制度は、会社に居なくとも家で仕事したり考えたりすることも、実質働いているのだから賃金を払うという制度なのだ。この制度を日本に導入しようとするのは、ヨーロッパ等と違ってサービス残業を合法化して、企業の経費節約に使おうとしているとしかみえない。
それはすなわち、国際社会に於いて先進国が途上国を諸々買いたたくと同じように、国内で買いたたきが始まるということである。労働力も商品扱いし、極端な言い方をすれば、人を買いたたくということであると言って過言ではない。新自由主義の象徴的考え方だとも言える。
このような人間社会にとっては冷たい制度が導入されるとするなら、社会は更に壊されてしまうのではないだろうか。人間を、そして働くということをもっと大切に考えなければならない。自民党安倍政権の政策の根幹を議論する経済財政諮問会議のメンバーは、高度経済成長だったから終身雇用があったと主張するが、高度経済成長するための終身雇用制度であったはずだ。はじめに企業ありきでは議論は逆である。もともと、国民生活が豊かになるために企業があるのだ。諮問会議のメンバーの考え方では、資本主義の封建主義に戻るようなことになるのではないか。
このような教条的な資本主義一本だけでは、弱い社会になってしまうと考える。日本は日本人の知恵でもって、資本主義と福祉の混血で取り組んできたから、ここまで伸びてきたのではないだろうか。
今日の勢いのある中国もインドもロシアも、好き嫌い、良い悪いは別にして、資本主義を取り入れた社会主義的国家であるから伸びているとも言える。言わば混血で取り組んでいるのだ。
経済は資本主義の原理で動くのだから、皆んなが幸せになるわけではない。そこで、幸せをできるだけ多くの国民に還元していく役割が政府なのだ。
市場にすべてを委ねるのではなく、政府が関っていくことも必要なのだ。これが政治の使命なのだ。
『世界に格差をばらまいたグローバリズムを正す』の著者でノーベル賞受賞者であるスティグリッツ博士は政府の適切な規制と介入の必要性を説き、「経済とはもっぱら効率性を追求するものであり、社会の公正さの問題は政治に託すべき事柄である」と指摘しているのである。 
戦後あまりにも経済優先の考えが先行し、国そのものを社会そのものを歪めてしまったのではないだろうか。
更に先人達が苦労してつくりあげた日本の色々な大切なものを、自民党政権によるアメリカイズム、すなわち新自由主義の導入によって壊してしまったのである。
ひとつ取り上げてみれば終身雇用制である。以前は言うまでもなく農村は終身雇用であった。そして共同体だった。その農村から集団就職として、主に次男三男を大都会の工場で雇用し、新たな日本独自の終身雇用とコミュニティを創ったのだ。最もわが国が安定した時代である。
20世紀最大の賢者とも言われているドラッガー博士も「日本の終身雇用制だけは大切にすべきである」と遺言として遺したのである。
その大事な終身雇用制を、自民党政権は歯止めのない規制緩和で、すなわち派遣労働の自由化で壊してしまい、アメリカを真似て更に労働時間規制を撤廃するという、労働ビッグバンをやろうとしているのだ。
日本はアメリカとは、歴史も文化も伝統も違うのである。アメリカは移民の国である。競争を前提として取り組まなければならないのかもしれない。そして、壊れていることを前提として社会がつくられているのかもしれない。自分を守るために銃を持つとか、100メートル200メートル移動するのに、身を守るために自動車に乗らなければならないというような国なのである。
今ヨーロッパでも、南米の国々でも、アメリカと違う経済圏をつくろうとしている。
日本とアメリカは同盟国であり、価値観を共有する関係であることは言うまでもなく大事にしなければならないが、アメリカはグローバルでないということを、すなわち国際社会に於ける日米関係であるという認識を持ち、経済政策のアメリカ化、文化のアメリカ化の押しつけを一方的に受けるのではなく、日本は日本としての、何が大切であるかを日本人が判断することの重要性を問われているのではないだろうかということを意識することだ。政府と市場のバランスをしっかりと保つ方向に、日本丸は舵をきる時であると考える。
社会格差をこれ以上拡大させてはならない。
だからこそ新しい政府の誕生が求められていると確信する。
今年を新しい歴史の始まりの年にしなければならない。
日本は、壊す時代から創る時代を迎えたのである。  

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